第76章 姫の好奇心(R-18)
料理長「……」
同じ人かと思えるほどの美丈夫は、左右色違いの瞳をしており、料理長は息をのんだ。
凍えるように冷たい眼差しに眉ひとつ動かせない。
謙信「料理人ならば、武器は料理であろう?その料理に何か仕込むなどと、この刀に塩を塗り、放置するのと同じだ。
妻はお前が作った料理を美味しいと食べていた。薬など盛らずとも、腕を磨き、客を呼び込めばよい」
料理人「は、はい!その言葉、この胸にしかと刻み付け精進致します!!」
料理人は再び頭を下げた。
てっきり脅し文句を言われるのだろうと覚悟していたのに、予想外にもそうではなかった。
清廉な精神に、料理人は薬を盛った事を心底後悔した。
謙信「主人、今後も卑怯な真似を続けるようならこの刀が黙っていない。肝に銘じておけ」
主人「は、はい!」
ギラリと光る刀身を見て、主人が地面に這いつくばった。
謙信「ならば、もうこの話は終いだ。
主人、妻は薬で体力を消耗し動けなくなった。今夜はここに泊まる」
主人「承知いたしました」
謙信が去った後、二人は顔を見合わせた。
己の罪を咎められ、斬られずに赦された二人は、お互い気まずそうにしている。
料理人「…随分とご立派なお客様でしたね。
今後、薬は使いませんが良いでしょうか」
もともと料理人は薬を使うことを良く思っていなかった。
正面切って諫めてくれた男に感謝したい気持ちだった。
何度やめましょうと提案しても首を縦にふらなかった宿の主人も、髷をバラバラにされ、刀を突きつけられてすっかり怖気づいたようだ。
主人「ああ。あの御仁の目は誤魔化されない。
今後一切、薬はやめにする」
二人は己の持ち場に戻っていった。