第76章 姫の好奇心(R-18)
(第三者目線)
ヒュッと音がした後に、宿の主人の髷が無様に切れて、散らばった。
姫鶴が美しい刀身を露わにし、薄闇で輝いた。
誰がどう見ても手入れが為され、よく切れるだろうとわかる。
尻もちをついた宿の主人の鼻先に、謙信は刀先をつきつけた。
謙信「いつまで知らばっくれるつもりだ?
俺に誤魔化しはきかない。うっかり口にした妻が心の臓の発作を起こしたかのように苦しんだのだぞ。
料理に薬を盛った落とし前をつけてもらおうか」
静かだが冷ややかに通る声。
ただならぬ殺気を放つ鬼神のような男を前に、宿の主人は死を連想し床に手をついた。
主人「も、申し訳ありません!」
謙信「一言で媚薬と言っても、合わぬ場合は媚薬ではなく毒となる。
客を死なせて評判を落とす前にやめることだ」
主人「は、はいっっっ!」
主人の背後では、同時に呼ばれた料理長が真っ青な顔で立ち尽くしている。
主人「こらっ、お前もこの方に頭を下げないか」
料理長「申し訳ありません」
主人の隣で土下座した料理長に、謙信は刀を向けなかった。
冷ややかな視線が二人に降り注ぐ。
謙信「主人に命令されてやったなどと言い訳めいたことを言うようなら、お前の髪も切り落としてやろうと思っていたが、潔さに免じて許してやる。顔をあげろ」
人を使役し、命令することに慣れている口調に、料理長はソロソロと頭をあげた。