第4章 看病二日目 効果のない線引
謙信「そんなに気に病むな。
確かにお前はそこらの女達に比べれば勇ましいとは思うが、充分愛らしい」
落ち込んでいると勘違いした謙信様が慰めてくれた。
でもその言葉は必死に抑えつけようとしている気持ちを吹き飛ばしてしまって、心の中はぐちゃぐちゃに乱れてしまった。
『愛らしい』
諦めようとしているのに、そんな言葉を貰ってしまっては期待してしまう。
苦しい胸の内を悟られないように、無理やり表情をつくった。
(しっかりしないと…謙信様に悟られちゃいけない)
「ありがとうございます、謙信様。そろそろ片付けますね」
お鍋を火からおろそうと伸ばした手が不意に力強い手に掴まれた。
鍋に向けていた視線が自然と手の先に向かう。
(っ!)
「謙信様?どうしましたか?」
謙信「お前は何を苦しんでいる?」
「なにも。手を…放してくださいませんか?」
謙信様の手はどちらかというとひんやりしているのに、掴まれた手首が熱く感じる。
謙信「お前が人には言えない秘密を抱いているのはわかっている。
それと関係しているのか?
お前は時々酷く苦しんでいるように見える」
いつも温度を感じさせない二色の瞳が揺らめいて光っていた。
それを見返していると気持ちがあふれ出しそうになって鼻の奥がツンとした。
「それ以上は聞かないで下さい…」
だって私の想いは消さなくてはいけないものだと思うから。
過去の人に関わったら未来が大きく変わってしまうかもしれない。
信長様を助けただけで500年後がどう変わったかわからないのに、これ以上はいけないと怖気づいてしまう。
それに……こんなに伊勢姫様を想っている謙信様に、私が入り込む隙なんて一ミリもない。
(消してしまおう、この気持ちを)
謙信「舞、どうしたのだ…」
謙信様の表情が苦し気に歪んだ。
手首を掴んでいた手が離れ、躊躇うようにゆっくりと私に伸ばされた。
謙信様の指が頬に触れる瞬間に耐え切れず目を閉じた。
ヒンヤリした指が頬に触れ、涙の跡を拭ってくれる。
壊れモノを扱うように優しく触れられ、ピクリと反応したのを誤魔化すように瞬きを繰り返した。
「ありがとうございます。もう平気ですから」