第4章 看病二日目 効果のない線引
舞が鍋の蓋をとると、閉じ込められていた湯気が一気に広がり良い香りがした。
鍋を覗くと幅広のうどんのようなものと野菜が一緒くたに煮込まれていた。
(このような料理は目にしたことがないが…)
聞いてみると、
「これはおっきりこみという料理です。上野(こうずけ)の国の郷土料理です」
とニコニコ笑っている。
(何故この女が上野の国の料理を知っている?)
多少のことでは動じない俺が不覚にも驚いてしまった。舞は大きめの椀に料理をよそいながら説明し始めた。
「以前、私は上野の国を旅した事があって、その時に食べた料理がこれだったんです。
小麦粉から麺を作ったのは初めてだったので不格好なんですが、味は再現できたと思います。」
粉だらけになって何やら一心に作っている様子が気になったが……
まさかこのような料理を作っていようとは。
それにしても何故これを作った?
上野の国と聞くだけで傷が痛むというのに。
(同情か?それともこの間の夜のように、俺の心の内を引っ掻き回すつもりか)
みるみるうちに胸の内が淀んでいく。
薄れていた黒い感情が一気に深みを増して覆いつくそうとしている。
謙信「何故わざわざこれを作った?」
圧をかけたにも関わらず舞は平気そうな顔をして首を傾げている。
「特に深い意味はないです。
伊勢姫様が上野の国の方だと聞いた時にこの料理がふと思い出されただけです。
強いて言えば謙信様が愛された方の国の料理を食べてもらいたいな、と。
庶民の料理なので謙信様のお口に合うかわかりませんが、どうぞ」
間の抜けた答えとはこういうものだろう。
深い意味もなく人の過去に踏み入ってくる神経の図太さに呆れる。
呆れかえった結果、乱れた心の内は途端に静まり、目の前の料理に興味が湧いた。
庶民が親しんでいる料理と言っていたが、伊勢は食べたことがあったのだろうか?
麺や様々な野菜、小さく切った肉が見えた。