第71章 謙信様との逢瀬
そんな折、お茶屋さんの中から小さな泣き声が聞こえた。
その声は止まらず、だんだん大きくなっていく。
「赤ちゃんの泣き声ですね」
さっきお団子を運んできてくれた女の人がお店の中に駆け込んでいくのが見えて、しばらくすると赤ちゃんをおんぶして現れた。
女「空いたお皿をおさげしますね。お茶のおかわりはいかがですか?」
声をかけられ、おかわりをお願いした。
謙信「その赤子は家で産んだのか?」
新しいお茶が運ばれてきた時に謙信様が躊躇いがちに訊ねた。
それは私も感じたことだった。
赤ちゃんは首が座ったばかりに見える。
命がけで自宅で産んだのかと思っているとそうじゃなかった。
女「隣町の産婆さんに頼んだんです。自宅で産んで亡くなる人が大勢居たから怖くて…」
女の人はおんぶしている赤ちゃんをあやすように、背中を揺らしている。
「隣町ですか?ここから歩いて2時間、あ、1刻はかかりますよね?
産気づいてから呼びに行くんですか?」
呼びに行って来てもらうまで往復4時間かかることになる。
それも最短での話だ。
もし他に産気づいた人が居たり、天候が悪ければ途方もない時間を待たなくてはいけない。
女「いいえ。呼びに行くのではなく、こちらから前もって行くんです」
「前もって?」
女「産婆さんに生まれる月を見立ててもらい、日が近くなったら産婆さんの家に行ってお世話になるんです。
子供が産まれるまで産婆さんの家で寝泊まりさせてもらいました。産まれるまでとは言っても産後直ぐには一刻も歩く自信がなくて、産後1ヶ月過ぎた頃までそこに居ました。
私がお世話になっていた時は他に3人くらいお腹の大きな人が居ました。
ただ安くないお金がかかるので余裕のない方は家で産んでいるようですが…」
女の人の顔が曇る。
自宅で出産しようとして亡くなった人が多いと聞いて私も胸が痛い。
誰もが安全に子供産める時代じゃないんだと痛感した。
「そうなんですね。貴重なお話をきかせて頂いてありがとうございました」
少し温くなったお茶に口を付けた。