第71章 謙信様との逢瀬
男「あなた様が何故こちらに…。
なぜ年を召されていないのか存じませんが、30年いや、もっと前になりますね。私の妻を救って頂きありがとうございました。
妻はあなたの部屋に押し込まれ、決死の覚悟をしたと言っておりました。窮地を救ってもらい、私と一緒になる決心をしてくれました。
私には過ぎた妻で……謙信様がこの店にいらっしゃったなら泣いて喜んだでしょうに、5年前に旅立っていってしまいました」
謙信「ご内儀は、幸せに生きたか?」
寂しそうに肩を落としていた男は、妻を思い出したのか温かい笑みを浮かべた。
(ああ、この男の中であの女は生きているのだな………)
舞が言った通りだ。
肉体は死んでも、それを思い出す人間が居ればその者はまだ生きている。
男「はい。最後の最後、『あんたと一緒になれて良かった』と、それは綺麗な笑みを浮かべて逝きました」
謙信「そうか……それは良かった。
あそこに居るのが俺の妻だ。遠慮して何も欲しがらぬ。何か見立てやってくれ」
男は舞の方を振り返り『可愛らしい奥様ですね』と微笑んだ。
謙信「……」
伊勢を失い、失意などという生易しい表現ではあらわせないほど暗闇に堕ちていた。
あの時の己がとった行動が、ひとつ幸せを生み出していた。
それを知り、胸が熱くなって……無性に舞を抱きしめたくなった。