第71章 謙信様との逢瀬
(謙信目線)
逢瀬に来たというのに舞は仕事で使うものや、結鈴と龍輝にと、自分のものを見ようとしなかった。
後回しにしているつもりはないのだろうが、舞が使っているものはどれも年季が入ってきて古ぼけている。
結鈴とともに使っている櫛も、一部折れて、ひびが入っていても『まだ使える』と捨てようとしない。
日々忙しく働いてくれる舞に、持ち物や身に着ける物を買ってやりたくて小間物屋へと足を運んだ。
謙信「この店がこの港町で一番大きな小間物屋だ。
髪につける油がなくなってきたと言っていただろう?その他諸々、欲しいモノを選べ」
そう言ってやったのに、本当に髪につける油だけを選び『これだけでいい』と言ってくる。
謙信「紅や、おしろいはいいのか?あちらには練り香や手荒れに聞く軟膏も置いてある。全部見てこい」
「農作業中に化粧なんてしませんよ」
謙信「いいから、見てこい」
「見れば欲しくなってしまいます」
舞が可愛らしく唇を尖らせた。
(っ、口を尖らせても愛らしいな)
ざわつく胸の内は表に出さず、舞を商品棚の方に向けた。
謙信「たまには舞が欲しいと思う物を買ってやりたい。お前が選ばねば、俺が選ぶ」
「謙信様が選ぶと『この店のものを全部』とか言いそうなので私が選びます!」
舞がいそいそと商品棚に歩み寄っていった。
(よし)
今のうちに舞に似合う簪を選んでやりたい。
(さてどの簪が合うか…)
並んでいる簪を物色していると、ふと天井近くの高い場所に見覚えのある簪が飾ってあった。
記憶にあるものより色が褪せているが…
謙信「あれは……」
それは売り物ではなく店のインテリアとして飾っているようだった。