第71章 謙信様との逢瀬
港町には安土城下にあったような大きな呉服屋はなく、そのかわり個人で作った着物、革製品が充実している。
「これで皮ベルトと小物入れを作って……あ、ハサミや小刀を入れられるようにしようかな」
店先に無造作に重ねられている皮を捲りながら、あれこれ思考を巡らせていると、謙信様が隣にしゃがみこんだ。
謙信「何を作るつもりだ?」
「農作業の時に出し入れしやすい小物入れを作ろうと思うんです。皮でつくれば長持ちしますし、多少刃物類をいれても平気ですから」
今は桶に入れて作業しているから、立ったり座ったりする動作が無駄に多い。
謙信「なるほど…沢田の主人も取り出しやすいよう、シャツやズボンのポケットに様々な道具を入れていたな」
「ふふ、あれは入れすぎだと思いますけどね。
釘を出して『なんの釘だったか忘れた』とか言っていましたし。要らないものが沢山入ってましたよね」
謙信「商店街のくじで当てたという『落ちない口紅』が出てきた時もあったな」
「え?それ知らないです、やだ、沢田さんったら。
そんなの持ち歩いても使わないでしょうに」
沢田さんがくしゃくしゃに丸めたティッシュを取り出して鼻をかんだ時の信玄様と謙信様の微妙な顔……
「ぷふ」
思い出して笑ってしまった。
謙信「思い出し笑いとはいやらしい奴だ」
そう言いながらも謙信様は愛でるように頭を撫でてくた。
「だ、だって、なんだか沢田さんが色々おかしくて…」
謙信「あの御仁は俺達から見ると型破りで突拍子もなかったが、世話になったな。元気にしているだろうか」
謙信様も思い出しているのか表情が柔らかい。
「きっと私達が旅立った後に『畑がぐちゃぐちゃだ!』って驚いたでしょうね」
ワームホールが発生させた風が、畑の作物を倒していたのを見ている。
一応それを見越して、沢田さんの作業小屋に大好きなお酒をいっぱい置いてきたけど、飲んでくれたかな…。
忙しくて思い出す暇もなかったあの頃の暮らし、関わった人達。
私は懐かしく思いながら、買う皮を選んだ。