第1章 触れた髪
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それから幾日か過ぎたある日。私は城下に居た。
「どうしよう、お金足りなかった…」
馴染みの反物屋さんを出てため息をつく。
ワームホールが開くと聞き、お世話になった武将の皆に『武将くまたん』を作る事にしたものの、手持ちのお金では足りず諦めて店を出てきた。
針子や世話役の仕事で得たお給金で買えるものは限られていて、だからと言って安っぽい布で妥協もしたくない。
くまたん本体の材料は買えたけれど、このままだと着物が作れず『裸にリボンくまたん』になってしまう。
(針子部屋に羽織を作った時の布が余ってないか聞いてみよう)
手に持った風呂敷包みを持ち直して歩き出す。
(あ!あれってもしかして)
姿を見ただけで体がきゅっと緊張した。
通りの向こうから歩いてくるのは謙信様だった。
敵将であるのに堂々と安土城下を歩いている。
佐助君達の姿はなく、一人のようだった。
(あの時は『大げさだ』って言ってたけど助けてくれた事に変わりはないもんね。
何かお礼をしたいな……怖そうな人だけど)
躊躇ったものの謙信様に会えるなんて何度もある事じゃないし、いつ越後に帰ってしまうかわからない。
そう思うと、今、声をかけなくてはいけないと思った。
勇気を出して歩み寄った。
「こんにちは、謙信様」
物憂げに歩いていた謙信様だったけれど、声をかけた瞬間不機嫌そうに眉を寄せた。
ジロリとこちらを見た眼光の鋭さに、声をかけて早々後悔しそうになった。
謙信「佐助の女か。なんの用だ」
謙信様は私にまったく興味を示さず、そのまま歩みを止めなかったので焦って追いかけた。
(佐助君の彼女だと誤解したままなんだ)
この間の『斬る』発言からすると、佐助君に恋人が居るのを良く思っていないようだった。
二人はとても信頼し合っているように見えるのに、あらぬ誤解でその関係に水をさすような事をしたくなかった。
「それは誤か…あっ」
謙信様が歩いているスピードは私にとっては小走りのそれで、気を付けていたつもりだったけど躓いてしまった。