第4章 看病二日目 効果のない線引
謙信「敵地に潜入すれば炊事もする。食事は外で済ませる事が多いゆえ頻度は多くないがな」
「そうですか」
炊事が手慣れるくらい敵地に潜入してるんだ、と戦々恐々とする。
慌ててお椀に箸をつけると、トロトロに煮えた白菜やネギが美味しい。初めて作ったにしてはまずまずのできだ。
「打ち粉がついたままの生麺を野菜と一緒に煮込むって聞いた時は驚いたんですけど、このトロミで体が温まりますね」
囲炉裏と火鉢があるとはいえ、古いこの部屋は隙間風が入ってきて寒い。
湯気の上がった料理が体にしみる。
かじかんだ指先にお椀から熱が伝わってジンとした。
謙信「上野の国はお前の目で見て、どうだった?」
問われて少し考える。見たモノをそのまま伝えられないのがもどかしい。
「そうですね…、色々見ましたが山がとても素敵でした。
赤城山は見られませんでしたが妙義山は『山』という概念を覆すような印象を覚えました。
山肌がむき出しでごつごつしていて、とても荒々しい姿でした」
「あと…冬は風が強いって聞いていたんですけど、フフッ!想像以上でした。
雪が積もっていなかったので畑の土が舞い上がって目を開けられないし、宿についた頃は顔も髪もパサパサで……次の日は予定があったので慌てちゃったんですよ」
結婚式に呼ばれたついでの旅だったので、とろみのある温泉に浸かった後、友達と一緒に念入りにトリートメントをした記憶がある。
「ふふ、お風呂上りにお顔の手入れの途中で友達が飲み始めちゃって…」
思い出し笑いをこらえ切れず口元を押さえる。
パックしたまま缶ビールを飲み始めた友達が『美容液が口に入ってまずい!』と顔をしかめていたのを思い出した。
「この先は友達に怒られちゃうので秘密です。フフ」
現代のことを久しぶりに思い出し、胸が温かくなる。
数年前の話なのに戦国時代に身をおいているせいか、もっと昔の出来事に感じる。
謙信「お前はよく笑うな」
穏やかにそう言われ謙信様の方を向くと、切れ長の目がこちらをじっと見ていた。
その眼差しには私を愛でるような温かさが滲んでいて、胸がドキリと音をたてた。