第70章 行商人
正座して、太ももに乗せていた手を取られた。
正面から見据えてくる表情は至極真剣だった。
謙信「舞に危険な真似はさせられない。
500年後から持ってきた避妊具はもうない。
子ができないようにいくら気をつけようとも、孕む可能性はある。
ならば交わるのを避けるべきだと思ったのだ」
(な、なんだ…飽きたとかそういう理由じゃなかったんだ)
懐に忍ばせてかさばっている懐紙と手ぬぐいが、突然滑稽なものに思えた。
「言って下されば良かったのに。てっきり私……」
謙信「てっきり、どうした?」
謙信様を見る目は、きっと恨みがましい目をしているだろう。
「……謙信様に飽きられてしまったのかと」
謙信「………は?」
「は?じゃ、ありません!今だって『お前の身体に飽きた』って言われた時のために泣く準備までしてきたんですよ!
大事なことですから一人で悩んだり、決めたりしないでください。
こうして誤解が生じてしまったじゃないですか」
さっきまでの無駄な覚悟は何だったんだろうと脱力する。
謙信様は『飽きた…?俺が?』と呟いたきり、固まっている。
「謙信様、わかりましたか?」
固まっている謙信様の頬をツンとつついた。
すべすべしていて、柔らかい。
謙信「っ、つつくな。俺がお前に飽きるわけがなかろう?
抱かずとも言葉や態度でわかるだろうに」
確かにいっぱい愛の言葉を囁いてくれるし、事ある毎に抱きしめてくれていた。
「でも夜になると布団まで別にされて…寂しかったですよ?」
謙信「それはお前に触れたなら抑えがきかなくなるからだ。
舞の方こそ、ずっと俺に背を向けて寝ていたではないか。寂しい思いをしていたのはこちらだ」
「だからそれも、もとはと言えば謙信様がちゃんと言ってくだされば良かったんです!
事情はわかりましたのでもう寝ます!おやすみなさい!」
ちょっとくらい謝ってくれたっていいのに!と当てつけのつもりで背中を向けて布団に入った。