第70章 行商人
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「え、港町に産婆さんがいない?」
針子仕事が軌道にのってきたと喜びつつも、夜になるとやっぱり謙信様は触れてくる気配が全くなかった。
気になって我慢できなくなった私はついに理由を聞いた。
『もう飽きた』と言われても良いように、何度も何度も覚悟を決めてから。
いつでも泣けるように夜着の懐には手ぬぐいと懐紙がスタンバイしている。
敷かれた布団の上に正座して、物凄く勇気を振り絞って聞いたのに、返事は予想外のものだった。
謙信「舞は月のものが重く動けない時があるだろう?
血が足りなくなる恐れや、何かしらの病をよぶ前に一度医者に診てもらおうと思ったのだ。
港町で医者を探していたところ、たまたま産婆が居ないという話を耳にした」
「そ、そうなんですか…」
謙信「正確にはこの春までは居たらしい。だが年をとり体力がもたないとやめてしまったそうだ。
港町でも産婆が居ないのは困ると次を探しているようだが、未だ見つからず、若い夫婦達は困っているという話だ」
「なるほど……」
港町には買い物によく出かけるけど、食料品や生活必需品を手に入れることで頭がいっぱいだったから全然気にしていなかった。
結鈴と龍輝に何かあった時に備え、町医者の場所は確認したけど、自分のこと、それも生理の相談なんて頭の片隅にもなかった。
(忙しさに没頭している間に謙信様は私のことを想ってくれたんだ)
胸がほんわか温まった。
謙信「産婆が居ないのなら万が一でも舞が孕めば大変なことになる。
先日、産婆がいない状態で家族と近所の女達だけで出産に望み、惨い結果になったそうだ…」
「え……」
惨い結果がなんだったのか、聞かなくともわかる。