第70章 行商人
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謙信「それでこれが買ってきた布か?」
「はい。久しぶりに素敵な布をたくさん見られました。
あまり贅沢はできないので反物を二つ買ってきました」
反物をとり、広げてみせる。
「この反物は織りむらや染めむらがある反物で、都では見向きもされませんが、地方では手頃な値段で買えると人気だそうです。これは私が市で物々交換用に買ったものです。
それでもう一つの反物がこれです」
反物を見て、謙信様の目がキラリと光った。
謙信「これは、おそらく越後で織られたものだな…」
「やっぱりそう思われますか?謙信様から頂いた梅柄の反物に共通するものがあって、もしかしたらと思ったんです。
こっちは一級品だったのでそれなりの値段がしたんですが、これで久しぶりに女性用の小袖をつくってみようと思います。
行商の人に見せて私の腕が認めてもらえれば、針子の収入も少し安定するのではないかと思うんです」
謙信「止めても聞かぬ顔をしているな。お前がやりたいのならやってみろ」
謙信様が私の前髪をどかして口づけてくれた。
「ふふ、嬉しいです」
謙信様からの応援の口づけは効力抜群で、私は行商の人が驚く速さで小袖を仕上げ、同じ布で子供用の着物も作った。
ペアルックという概念がこの時代にあるかわからなかったけど、母娘で来てくれたらさぞかし素敵だろう。
行商の人はしきりに感心して余った布で作った小物類まで全て買い上げてくれた。
行商人「こちらの反物をあなたに贈りましょう。
私が次にこの市に来るまでに、何か仕上げておいてください。
品が良ければ今のように買い上げますので」
そう言って行商の人は一級品の反物をいくつかと、裁ち残った布切れをたくさんくれた。
「いいのですか…?
このまま持ち逃げしてしまうかもしれませんよ?」
信用してくれたのは嬉しいけど、心配になる。
行商人「あなたの作品を目にして、人伝にあなたのことを聞きましたが誰一人『悪い女』とは言いませんでした。
細やかに丁寧な仕事をされるあなたが、贈った反物を悪いようにはしないでしょう」
「信用してくださり大事な商売道具を贈ってくれたこと感謝いたします。必ず良い物をお作りしますね」
行商人「よろしくお願いします」
こうして私と行商人との取引関係はすんなりと成立した。