第70章 行商人
「わあ、こんなに良いんですか?ありがとうございます」
魚屋「この間あんたと交換した手ぬぐい、うちのカミさんがえらく気に入ってんだ。
その分おまけだ」
「そうですか!嬉しいです。もし何か作って欲しいモノがあったらお声をかけてくださいね」
魚屋「あいよー!」
蘭丸「良かったね、舞様」
「うん!やっぱり人に喜んでもらえると嬉しい!
夏物のイカだから小さいけど身は柔らかそうだね。何を作ろうかなぁ」
家で作った小物を物々交換で食料に替えているうちに、私の作るものが少しずつ評判になっていた。
時々『今日は何作ってきたんだい?』『孫に着物を作って欲しい』と声をかけてくる人もいて、私の針仕事も軌道に乗ってきたみたいだ。
蘭丸君と夕飯の献立について話していると、後ろから話しかけられた。
男「もし、あなたが舞さんですか?」
「え……?」
記憶にある限り……初めて会う人だ。
身なりからして行商の人に見えるけど、突然知らない人に話しかけられ、警戒心が先にたつ。
蘭丸「…待った。ねえ、あなたの目的は何?」
蘭丸君が男の人と私の間に入ってくれた。
線が細くて可愛い顔をした蘭丸君だけど、いざという時は頼もしい。
何度も助けられて、市に来る時の相棒はいつも蘭丸君だ。
男「私は蝦夷と内地を行き来して行商をしているものです。
市で舞さんが作った小物を何度か見かけているうちに興味をもちまして…」
蘭丸君の目がすっと細められた。
まだ完全には信じていない顔だ。
蘭丸「興味ってどんな興味?」
若い蘭丸くんから圧力を感じて、男の人がたじろいでいる。
行商人「私は織物を主に取り扱う行商人です。奥州を通り、京や大阪まで商いに行っております。
良い布があるのでお買い上げいただけないかと。
それで舞さんが作ったものを一度見させてもらい、都で売れそうなら私が買い上げたいのです」
蘭丸「つまり舞さんと取引がしたいということだね」
男の人は頷いた。