第4章 看病二日目 効果のない線引
(姫目線)
「謙信様、お昼御飯の時間ですよ!」
お湯が入った鍋を一旦囲炉裏から外し、昼ご飯が入っている鍋をかけた。
佐助君を見ると寝ている。
「佐助君は寝ちゃったんですね。さっきまで起きていたのに、残念」
佐助君は熱のせいかよく眠る。だるいからと横になると直ぐに眠ってしまう。
食事とお手洗いの時しか布団から出てこない。
おでこにのせた濡れ手ぬぐいを取り換えてあげてから謙信様の傍に寄る。
囲炉裏にかけた鍋の蓋をとると、湯気と一緒に美味しそうな匂いが部屋に広がった。
謙信「これはなんだ?」
謙信様が鍋を覗き見ている。
「これはおっきりこみという料理です。上野(こうずけ)の国の郷土料理です」
お鍋の中には小麦粉を練って幅広くした麺、たっぷり入れた冬野菜とお肉がぐつぐつと煮えている。
謙信様は驚いた顔で料理と私を交互に見ている。
私は用意していた大きめのお椀に料理をよそいながら説明した。
「以前、私は上野の国を旅した事があって、その時に食べた料理がこれだったんです。
小麦粉から麺を作ったのは初めてだったので不格好なんですが、味は再現できたと思います」
お醤油で味を付けたトロミのある汁を入れて、謙信様の前に置く。
謙信「何故わざわざこれを作った?」
謙信様は料理には手を付けず、こちらを見ている。
伊勢姫の話をしてくれたあの晩の時と同じ暗い表情をしている。
私は、んー?と首を傾げた。
「特に深い意味はないです。
伊勢姫様が上野の国の方だと聞いた時にこの料理がふと思い出されただけです。
強いて言えば謙信様が愛された方の国の料理を食べてもらいたいな、と。
庶民の料理なので謙信様のお口に合うかわかりませんが、どうぞ」
私が上野の国(群馬県)を旅したのは500年後の話で、この料理がこの時代にあったかは定かではないけれど、と内心で思う。
謙信「お前はあっけらかんとした女だな…」
謙信様が躊躇いがちに食べ始めたのを確認してから土間に下おりた。
水に浸けてあった麺棒の汚れを拭いながら、買い物に行ってこようかなどと考えていた時だった。
謙信「お前は食べないのか?昨日もここで食事を摂らなかっただろう?」
声をかけられて振り返る。
クツクツと煮え立つお鍋に、お椀を持った謙信様がなんだか不似合いだ。