第4章 看病二日目 効果のない線引
「そうですか…?」
俺の言葉に納得していないようだったが、何か思い立ったようでおもむろに立ち上がった。
今度は何をするつもりか見ていると、何かを探し、見つからずに困惑しているようだった。
(何を探している?)
「謙信様、お洗濯をしようと思ったのですが洗濯物はどこでしょうか?」
針子は手を大事にしなければいけないだろうに、洗濯をするつもりだったのか。
このような寒い時期に洗濯など、させるわけがない。
細やかな動きで縫物をしていた指先が赤くかじかむのは想像するだけで腹立たしい。
謙信「それなら他の者に任せた」
「……?どなたに頼んだのですか?」
謙信「安土には常に俺の配下が潜んでいる。その者に頼んだ」
女の動きがピシリと固まった。
驚き見開かれた顔から戸惑いがありありと伝わってくる。
謙信「おあいこだ。信長と豊臣は一昨夜から留守で、伊達と徳川は自領に戻っている。
明智は数日前に安土を出たという知らせを受けている。
ということは城には石田三成しか居ないのだろう?」
そう言ってやると、やっと自分の失言に気が付いたようで顔色を悪くしている。
謙信「もっと警戒心を持て。
お前はそう思っていないのだろうが、安土の人間にとって俺は敵だぞ?
まぁ、今は安土とやり合うつもりはないから安心しろ」
警戒しろ。俺はお前とは相いれない立場に居る存在だと自覚しろ。
気がつけばこの女との距離が近づいている。
敵味方の概念が薄いこの女が平気で俺に歩み寄ろうとするからだ。
改めてお互いの立場を線引きする必要があった。
「……はい」
華奢な身体をしゅんとさせて、舞は外に出かけていった。
謙信「水汲みの必要はないだろうに……まったく」
呼び戻そうと一旦浮かせた腰を下ろす。
きっと舞は頭を冷やしに行っただけだ。
(深入りしない…あの女は安土の人間だ)
あの女に改めて警告したのだ。
自ら追いかけるなど愚かな真似は…しない。