第68章 たとえ離れても…
近づく毎にピリッとした雰囲気が伝わってきた。
野次馬の人も、漁師さんらしき人も、一様に深刻な顔をしている。
(何があったんだろう…)
男1「おーい、医者はまだか!」
男2「今呼びに行ってるとこだ!もうしばらく来ねえよ!」
男3「早くしねえと死んじまうぞっ!」
緊迫した現場では怒号が飛び交っている。
蘭丸「あの船の上、倒れている人がいっぱい居る…」
蘭丸君が見ている先には10人くらいで漁をする船があって、甲板には人が倒れていた。
「あの、何があったんですか?」
近くに立っていた漁師らしき人にたずねると、
漁師「20日ばかし前に行方不明になった舟が帰ってきたんだ。
そんで船を覗いてみたら乗っていたやつら全員倒れてるんだとよ。中には死人も混じっているらしい。
きっと飲むもんも、食べるもんもなくて飢えたんだろうなぁ」
気の毒そうに言うと、漁師の人は『医者がまだ来ねえなら助からねえな、ありゃあ』と呟いて去っていった。
「怪我なら手当できるけど、栄養失調は私には何もできないな…」
やるせない思いで船を見ていると蘭丸君が私の手を取った。
蘭丸「ねえ、舞様。
光秀さんが重症だった時に『身体に吸収しやすいように作られた水』を飲んだって言っていたんだ。
多分佐助殿が作ったものだと思うけど、それが何かわかる?」
「え……?もしかして経口補水液のこと?」
蘭丸「呼び方はわからないけど、甘いようなしょっぱいような水だったって…」
(経口補水液だ)
それ以外思い当たるものがない。
応急処置の勉強をした時に、家庭で作れる経口補水液のつくり方は頭に入れてある。
でも…
「測りも何もないここじゃ作れないよ。
材料の配分を間違えると、吸収率が下がって脱水症状の改善にはならないらしいの」
町人「測り?それなら俺ん家、そこだから貸してやるよ。
水もあるし、なんなら台所貸してやるよ」
すぐ後ろにいて会話を聞いていたらしい人が親切に声をかけてくれた。
「っ、本当ですか?ありがとうございます!
蘭丸君、塩と砂糖を買ってきてくれる?」
蘭丸「それならすぐ買ってこられるよ」
砂糖は貴重で手に入りにくいはずだったのに、蘭丸君はあっという間に買い物をしてきてくれた。