第62章 里山に住まう
「広間でのことは謙信様にも話していません。
私はあの時、凄く嬉しかったんです」
瞬きをしたら、ついに涙が流れ落ちた。
(おしまいにしなきゃ)
私は謙信様を愛しているから
これまでも、今も、この先も
「あの日のことは二人だけの綺麗な思い出です。
光秀さんは私のことを眩しいと行ってくれますが、私はあの時の私達こそ綺麗で、眩しくて…
誰にも話したくない大事な思い出なんです」
光秀「舞」
伸ばされた腕に気付いても避けなかった。
一瞬後に光秀さんの腕にとじ込められていた。
「光秀さん、自分の気持ちに気付かないような…馬鹿な女だったのにっ……『お土産』を買ってきてくれてありがとうございました。
きっと…光秀さんは、頭が良いから、っ、……気づいていたのでしょう?ごめんなさいっ」
ぎゅうっと強く抱きしめられ、私も抱きしめ返した。
強く、強く…だって、きっとこれが最後だ。
光秀「さあな、俺は何も気づいていなかった。
あれはただの土産だ。路頭に迷っていた商人から買い上げただけだ」
「……え?うそ」
昂っていた気持ちが急下降し、びっくりして涙がとまってしまった。
(え、じゃあ何?
あの櫛には本当に何も意味はなかったってこと?)
本当に『ただの土産』に感動してしまった私の気持ちは!?
光秀さんを見上げる。
謙信様より背が高いから、首が辛い。
見下ろしてくる顔は優しい笑みを浮かべていた。
それを見て…気づいた。
『気づいていなかった』のも『ただの土産』だという言葉が全部嘘だということを。
「っ、ほんっと、意地悪ですね。光秀さん!!」
光秀「なんのことだ。そうカリカリしていては夫に逃げられるぞ?」
「カリカリしても、ガリガリしても謙信様は絶対逃げませんっ!」
ガリガリって何?と自分の発言に吹き出してしまった。