第62章 里山に住まう
謙信「舞、これを着ていろ」
ばさりと肩に掛けられたのは謙信様の黒い外套。
「いけません。昨日もお借りしてしまいました。
謙信様が風邪をひいてしまいます」
謙信「俺と舞では鍛え方が違う。このくらい平気だ。
あの時代で育ったお前には今の状況は厳しいものだろう…?大人しく着ていろ」
長い指が外套の留め金をとめていく。
すっかり外套に包まれた私を、謙信様が満足そうに頷いた。
謙信「女はか弱い…。外套だけで温まるわけではないが、それ以上身体を冷やすな」
「はい、ありがとうございます。謙信様」
気遣いが凄く嬉しくて、手をきゅっと握ってお礼を言った。
皆の目を気にしてスキンシップは些細なものだったけど、胸がふわっと温かい。
ニコニコしていると謙信様の表情が少しだけ翳った。
(?)
謙信「あまり無防備に笑うな。他の者に見られるだろう」
「え……やだ、謙信様!私の笑い顔なんて皆見慣れてますよ」
おかしくなって余計笑ってしまった。
信玄「舞が笑っていると、そこだけ春が来たようだよ。
『笑うな』なんて、勿体ないことを言うもんだな、謙信も」
謙信「笑うなというのは、俺にだけ笑えという意味だ」
「随分極端な……」
謙信「何か言ったか?」
圧が凄すぎて、言葉を引っ込める。
「いえ」
信玄「姫も苦労するな」
信玄様は笑いながら龍輝達の方へ歩いて行った。
謙信「何をしにきたのだ、信玄のやつは」
ぶつぶつ文句を言いながら謙信様も仕度をしている。
私も二人の荷物をまとめ、リュックを背負う。
荷物はほとんど入っていないけど、リュックを背負うと寒風から背中を守ってくれるので毎日こうしている。
信玄「姫、どこか不調がでたら言うんだぞ。
君はその細足で旅をしているんだ。気兼ねなく申し出てくれよ」
謙信「申し出る時は信玄ではなく俺に、だからな」
急な横やりに「はい」という声が裏返った。