第60章 姫の想い人
(く、るしい…っ)
呼吸を奪われるような口づけで精いっぱいなのに、気道を狭められ酸欠になった。
「……ぅ」
浅い呼吸を繰り返し、何とか酸素を取り入れようとするも全然足りない。
顔を背けようとすると、頭の後ろに手を回されて逃げられなくなった。
「……っ!」
酸欠で頭が朦朧とする。
抵抗する力が弱まったところで口づけが止み、首から手が離れた。
……意識を失くすギリギリのところだった。
「はっ……はぁ、はぁ、はぁ!」
(死んじゃうかと思った…)
懸命に呼吸を繰り返していると、謙信様が力強く抱きしめてきた。
身体が苦痛を訴えるくらい、強く。
「…っ」
謙信「愛しているっ。お前だけなのだ。他の誰でもない、代わりなどいない!
頼むから……他の男の元へ行かないでくれ」
「あ、く、るしっ…」
鍛えられた両腕で強く抱きしめられ、息が止まりそうだった。
首を絞められた名残が治まらないうちに抱きしめられ、まともに言葉を発せられなかった。
(違うのに)
光秀さんの所へ行くつもりなんか全然ない。
安土に居た頃、光秀さんに惹かれていたのは事実かもしれない。
でも私が選び、手を取ったのは謙信様だ。
この手を取って欲しいと思ったのは謙信様だ。
息苦しくてもがくと、袂に入れていた木製の鈴がコロンと地面に落ちた。
からん……
自然の音しかしない林の中で、唯一人工的な音が響いた。
はっとしたように謙信様の腕が緩んだ。
「は……っ……!」
苦しさのあまり謙信様の膝から転がるように降りて、地面に手をついて大きく息をした。
落ちた鈴を失くさないよう、すぐに袂に戻した。
はあ、はあと繰り返す呼吸音が辺りに響く。
(苦しかった)
謙信様の手加減なしの力は予想以上に強かった。