第58章 時の神
「光秀さん、子供達を見て頂いてありがとうございました。
ここに来るまでの間も、結鈴がとてもお世話になったと聞きました」
背が高い光秀さんを見上げると、静かに視線が返された。
暗闇に佇んでいても、光秀さんは着ている着物のせいか、色素の薄い銀髪のせいか、闇に同化することはない。
「言いそびれていてごめんなさい。私がクマと遭遇していた時も助けてくれて、ありがとうございました
お礼を言うだけでは返しきれないのですが、今は何も用意できなくて…」
光秀「お前が無事だったのなら何も要らない」
真正面から琥珀の瞳を向けられると鼓動が速まった。
(なん、だろう…。すごくドキドキするっ…)
櫛をもらい、光秀さんの気持ちを知ってしまったから?
(好意を示され、ドキドキするだなんて思春期の女の子でもあるまいし!)
光秀「それに子供は嫌いじゃない。結鈴も龍輝も、のびのびと育ったようだな。
ゆくゆくはお前そっくりの呑気な大人になりそうだ」
「の、呑気じゃありませんっ!これでも一応、頑張って、しっかりしているつもりなんです!」
光秀「ほう…『一応』『頑張って』『しっかり』か」
ククっと光秀さんが喉を震わせた。琥珀の目が明らかに楽しんでいる。
(久しぶりに会った傍から揶揄われてる…)
ついしかめっ面をしてしまうと、光秀さんは愉快そうに口の端を吊り上げた。
光秀「お前が生き伸びたと知ったら、秀吉達も泣いて喜んだだろうな。息災だったか?」
「はい。帰ったばかりの頃は安静が必要でしたが、出産後は体調も回復して今はこの通りです」
光秀「そうか……」
光秀さんはためらいがちに私の頭を撫でてくれた。
「光秀さんはお元気でしたか?信長様や蘭丸君から皆の様子は聞いていましたけど…」
光秀「そうだな、それなりに…だ。意地悪する相手が減って、少しばかり退屈したがな」
(ああ、こんな会話、凄く懐かしいなぁ)
安土に居た頃も、揶揄われ、苛められ、案じてくれているような、そうでもないような…。
いつの間にか話の本筋を変えられて、最終的にはよくわかんなくなった時もあった。
光秀さんとの会話は独特だ。
「それはすみませんでした…また会えて嬉しいです、光秀さん」
返事は返してくれなかったけど、光秀さんはふわっと笑った。