第58章 時の神
「あ、あの信玄様。一緒に居られるのは嬉しいのですけど、この距離は些か近すぎませんか?」
顔を後方にやろうとしても顎に添えられている指一本で動けない。
(この状況、なんだか前にもあったような…)
私の反応を愉しむように、信玄様がクスリと笑った。
それは私を口説こうとするいつもの信玄様で、危機感が高まる。
(で、でも同じ部屋に信長様と光秀さん、佐助くんも居るし…)
まさか人が居る場所で口説くわけが……
信玄「姫、謙信に飽きたらいつでも俺の元へおいで」
「え、えっ、と、信玄様……ちょっと落ち着いて、ね?」
(信玄様はこういう人だった!)
謙信様が見ていようとなんだろうとガンガン攻めてくる人だった!
気がつけば色っぽい唇が寄せられて……
信玄「俺はこの先、君以外に本気になることはないだろう」
(今なんて……?)
ちゅ
掠めるように唇を奪われた。
「な、ななななななな!!!!信玄様っ!!!!」
(まさか、まさか!キスされたっ!!!!)
最後には『冗談だ』って止めてくれると思ったのに!
驚いてのけ反った時には顎の呪縛は解けていて、あっけなく信玄様から離れることができた。
心臓がドッキンドッキン、うるさい。
信玄「ははっ、油断大敵。
謙信と姫の相談役だが、俺も男だってことを忘れないでくれよ。
さぁて、俺もちょっと謙信達と遊んでくるかな」
パチンとウインクして信玄様は悠然と歩いて行った。
動揺しているのは私だけ。
大人の余裕をたっぷり含んだ後ろ姿が、悔しいくらい素敵だった。
(ゆ、油断した…)
謙信様とは違う唇の感触に顔から火が出そうだ。