第58章 時の神
「そ、そんな。そんな大それたことはしていません。
500年後を見聞きして心境に変化があったというなら、それは信玄様自身が選択したことであって、私なんか何も……」
頭が混乱して何を伝えたいかわからない。
偶然タイムスリップしただけの何の変哲もない私に信玄様の魂を救う力なんてない。
信玄「まったく遠慮深いな、姫は。
君は何もしていないと言うが俺は何度も救われたことは事実だ。この恩は必ず返そう。
姫と謙信が許してくれるなら一緒にこの地で生きようと思う。構わないかい?」
「信玄様……」
ぱち、ぱち、と何度か瞬きをしているうちに視界が揺らいで信玄様の顔がよく見えなくなった。
(あ、あれ…、なんで泣いているんだろう?)
「ご、ごめんなさい。嬉しいのと悲しいのと………」
驚くほど大粒の涙が零れ落ちる。
国や家臣、家族や幸村の事を諦めざるを得ない悲しさ。
タイムスリップに巻き込んでしまった申し訳なさ。
申し訳ないと思っているくせに一緒に居てくれると言われた嬉しさ。
頭がごっちゃになって涙が止まらない。
信玄「君を泣かせるつもりはなかったんだが……。
俺と一緒に居られるのが泣く程嬉しいのかい?」
最初は慰めの言葉だったけど、顎を指ですくわれたあたりから雰囲気がおかしくなってきた。
(ん?)
信玄様は私と目線を合わせるために、背中を丸め、大きな身体を私の方へ寄せている。
色味の深い黒の瞳が、砂糖のような甘さを含んで瞬きをしている。