第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
帰り際舞がマスクを作るので『さいず』を測りたいと言い出した。
さいずとは何なのか戸惑うと、何を血迷ったか『可愛いらしい』と言ってきた。
(可愛らしい?成人をとうの昔に迎え、軍神と称されるこの俺が?)
敬愛、尊敬という眼差しを向けられることはあれど、『可愛らしい』と言われたことは一度たりともなかった。
子供の時から戦の才に目覚めていたせいか、幼い頃も『可愛い』などと言われた記憶はない。
羞恥を覚えたが、この女の目の前でそれを見せる訳にはいかない。
謙信「俺が可愛いだと?どのへんが可愛いか言ってみろ」
凄みを利かせると女は酷く慌てた様子で、言い訳にもならない言葉を連ねた。
「えーと、可愛いは誉め言葉ですよ?」
謙信「『可愛い』は女子供に使う言葉であろう?お前には俺が女子供に見えているのか?」
(まさかと思うが、この女にとって俺は子供扱いしたくなるような存在なのか?)
モヤモヤとした焦りが広がり、舞が後ずさった分詰め寄り、追い詰めていく。
舞の背が壁にあたり、今度は横に移動しようとしている。
(逃すか。俺が子供かどうか思い知らせてやろう)
壁に手をつき舞の動きを封じる。
最早視線を逃すくらいしかできなくなった女は、明後日の方向を向きながら必死で言い訳をした。
「いいえ、そんなことはありません!私の国では男の人に対しても『可愛い』を使うんですよ?」
(では俺以外の男にも『可愛い』と腑抜けた笑みを向けたことがあるというのか?)
無防備にもほどがある。
ジリと胸が焦げ付くような感覚を覚え、顔をしかめる。
そうしているうちに舞はこれでしまいだと言わんばかりに話を切り上げた。
「という訳で座ってくださいね?」
謙信「なにが『という訳で』だ。今後俺に可愛いなどと言ってくれるなよ?」
灸をすえてやろうと思ったが止めておこう。
たかが小娘ごときに本気を出すなど愚かしい行為だ。
大人しく座ってやると女は目盛りの付いた紐を取り出した。
どうやらこれで寸法を測るようだ。
着物や袴の寸法を採られたことはあったが、顔周りは初めてだ。
「これを今から謙信様の顔にあてて測ります。
すぐ終わるのでじっとしててくださいね」
謙信「ああ、わかった」