第58章 時の神
「信玄様………でも……幸村は…」
(信玄様を大事に、本当に大事に想ってくれていた幸村は……?)
こみあげてきた涙を信玄様に見られないよう、視線を落とした。
幸村は待っているはずだ。信玄様が元気になって帰ってくるのを。
お茶屋さんで会った、ぶっきらぼうな優しさを見せてくれた幸村を思い出し…胸が締めつけられた。
信玄「君がそんなに心を痛める必要はないよ。幸にはあの世で会った時にでも詫びるさ」
ポンと大きな手が頭に乗せられた。
謙信様と結鈴も信玄様の話を黙って聞いている。
結鈴「………信玄様は幸村に会えないの?」
結鈴はなんで?というふうに顔を歪ませた。今にも泣きだしそうだ。
謙信「結鈴……おいで」
気を利かせた謙信様が結鈴を外に連れ出した。
戸口付近で遊んでいた龍輝が『遊んで!』とせがむ声がした。
信玄様は謙信様の後ろ姿を見送り、そのまま遠くを見続けた。
信玄「慕ってくれた者達と道は分かたれたが、生きられて良かったよ。
500年後で国の未来を見た。俺の残したものも見聞きできた。
武田信玄が死んでも国は栄え、民は平和に暮らしているってわかった。
俺が居なければと妄執し、無念と怨嗟を抱いたまま死なずに済んだ」
遠くを見ていた目が私に向けられた。
病院で目を覚ました時のように澄みきった目をしている。
信玄「姫、君のおかげで俺はここがこんなにも満たされている」
信玄様はトンと胸を叩いた。
信玄「君がこの世に生を受け、歴史を変えてくれたおかげだ。
俺の魂は尽きない怨嗟に飲み込まれずに済んだ。
君は俺に魂の尊厳を……与えてくれた。感謝している」
感謝の念を表すように、両手を強く握られた。