第58章 時の神
(はっ!?よ、嫁!?)
そこまで思考が飛んだのかとびっくりした後、笑いがこみあげてくる。
(謙信様は結鈴が可愛いくて仕方ないみたいだな)
じゃなきゃ、いきなり嫁なんていう単語は出てこないはず。
「やだ、何言ってるんですか。結鈴はまだ小さいですし、光秀さんといくつ離れていると思うんですか。
そんな心配しなくても…」
軽く窘めても謙信様は大真面目だ。
謙信「源氏物語のようになったらどうするのだ。
幼いうちから明智の本性を刷り込んでおかねば、結鈴はあの狐に騙されるぞ」
結鈴はポカンと口を開け、あっけにとられている私と目を合わせた。
源氏物語を知らずとも、謙信様の言いたい事は理解したようで次の瞬間には小さい口からクスクス笑いがこぼれた。
つられて私も噴き出した。
結鈴「みつひでさんはとっても優しいよ。かっこいいし。ね、ママ?」
「ふふ。そうだ……ぁ」
『そうだね』と同意しそうになって底冷えた冷たい目と合ってしまった。
(こ、こわっ!謙信様が本気で怒ってる!!)
「あ―……でもママはパパが世界中で一番大好き。結鈴は?」
謙信様の鋭さが少し和らぎ、結鈴の返事をじっと待っている。
(ゆ、結鈴!空気よんで!)
結鈴「パパもかっこよくて、優しくて大好きなんだけど、パパはママのものでしょ?
だから結鈴は自分で探すんだー」
空気を読むどころか、あっけらかんと言い放ち、私達を驚かせた。
「えぇ!?」
謙信「…まだ早い」
わが子ながらなんてませているんだろう。
絶句していると結鈴は私の膝から降りて、謙信様に抱っこをせがんだ。
戸惑いながら謙信様が抱き上げると、結鈴は満面の笑みで首に抱き着いた。
結鈴「今はパパがいっちばん大好き!だから怒っちゃだめだよ?」
謙信「むっ……。ひとまず怒りはおさめるが、わかっているな?明智は駄目だからな?」
鋭かった目つきを和らげて謙信様が安堵の表情を浮かべている。
「………謙信様、甘い……」
謙信様は無邪気なあざとさにすっかり丸め込まれてしまった。
父親は娘に甘いってよく言うけど見事にそれに当てはまる。