第58章 時の神
「……うん」
蘭丸「俺、顕如様の使いなのにさ、安土の人達を知れば知るほど好きになっちゃって、ずっと苦しかったんだ。
だから舞様の気持ち、凄くよくわかるよ」
思い出したのか蘭丸君は切なげだ。
蘭丸「誓うよ。上杉謙信が俺や信長様に刀を向けない限り、何もしない。
過ごした時間は短いけど、俺、舞様のこと好きだもの。
君が悲しむようなことはしたくない」
真面目な顔で断言してくれて、とても嬉しかった。
「ありがとう、蘭丸君。私も蘭丸君のこと大好きだよ」
両手をとってお礼を言う。
蘭丸君はきょとんとした顔でパチパチと瞬きを繰り返した後、少しだけ唇を尖らせた。
そんな表情がとっても可愛いと思う。
蘭丸「あー、もう、そういうとこが舞様はずるいなぁ。
安土の皆がコロンといっちゃった気持ちがわかるよ」
「コロン…?」
聞き返すと蘭丸君の目がキランと光る。
蘭丸「そ、う、だ、よ。もう皆イチコロ!」
「え、え?そんなことないよ」
皆とても良くしてくれたけど、イチコロなんてことは…。
三成君と光秀さんの気持ちは知っているけど、皆ってことはないと思う。
なんだか話がおかしな方向にいってしまった。
蘭丸「その無自覚なところがまた……ね、信長様」
さっきから黙って話を聞いていた信長様は突然話をふられて少々驚いたようだ。
信長様のびっくり顔なんて珍しい。何か考え事をしていたのかもしれない。
悠然とした構えはいつもと同じだけど、様子が少しおかしい。
信長様に対して悩ましい、と表現して良いのかわからないけどどこか憂い顔だ。
信長「さあな…だが貴様が消えた城は火が消えたように静かだったのは確かだ」
赤い瞳が歩いてくる一行を静かに見ている。
(皆、寂しがってくれたってことかな?)
そう受け止めていると後方から「ママーーーーー!」と大きな声が上がった。
声に誘われて、さっき上ってきた坂道のところまで行く。
隣に龍輝を片手に抱いた謙信様が立った。
龍輝「結鈴―――!」
結鈴「あ!龍輝だぁ!」
結鈴が信玄様に抱えられてブンブンと両手を振っている。
「結鈴っ…!」
小さなその姿を見て涙が浮かんだ。
やっと家族全員がそろった。
鼻をすすりながら手を振り返した。