第57章 双子
光秀「……」
できる限り静かにしめようにも戸はギギギと音を立てる。
光秀も眉をひそめている。
戸を閉め終え、光秀は物言わず持っていた荷物をおろした。
家主に分けてもらったのだろう。
火鉢に使う炭が入った木箱と、その上に掛布団が一枚のっている。
光秀は木箱を適当に置くと布団は結鈴にかけ、火鉢の傍に腰を下ろした。
この部屋には囲炉裏がない。
火鉢でどうにか暖をとってくれと家主に言われたが、その火鉢も小さい物だった。
沈黙が部屋に広がる。
光秀は洞窟を出る際ここで別れると申し出たが、結鈴に大泣きされ『せめて船が出ている港町までは一緒に行きませんか』と佐助に諭され、行動を共にすることにしたのだ。
謙信は光秀がどこへ行こうと構わなかったが、この10日の道程で不本意ではあった光秀の存在をありがたく思う事が多かった。
結鈴がかんしゃくを起こしてもとことん付き合い、なだめ、からかい、笑わせていた。
子供の扱いや心情を察するのが巧いのは仕事柄なのだろうか、それとも手放したという実子との触れ合いの経験あってのものか。
謙信「……」
何を考えているのか油断ならない男ではあるが、結鈴と接している間だけを見ればさして悪い男には見えない。
それが謙信が抱いた印象だった。
光秀のことを『本当は優しい』と言っていた舞の言葉を思い出す。
人を信じやすい舞が狐に化かされたのだろうと聞き流したが…。
光秀「……そのように見つめられては穴があきそうです。何か言いたい事でも?」
光秀は炭を足し終え、小さな火鉢を結鈴の傍に置いた。
動作には一切の隙がない。
(まったくもって掴めない男だ)
このように雲や真綿のようにはっきしない男を謙信は好かない。
謙信「……」
口を利く気もなく、光秀の言葉を無視した。
冷え切った沈黙は謙信と光秀が決して相容れない関係であることを表すようだった。