第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
呆れて食事を続けようとしたところで、舞の様子が視界に入った。
(何をしている?)
舞は土間で何かを睨みつけ、じりじりと後ずさりながら後ろ手で箒をとろうとしている。
その様子はまるで子猫が毛を逆立てて威嚇しているようだった。
(ふっ、虫でも出たのだろうな)
騒々しく叫び声をあげないあたり、きっと俺達に気を使ってのことだろう。
虫をも殺さぬような顔をして一体どうするつもりなのか。
(手を貸してやるか)
女に殺生はさせたくない。
謙信「そのように毛を逆立てて何をしている?」
舞が慌てた様子でこちらを見ると、その拍子に素早い動きで「それ」が走り出した。
ネズミだと気が付いた時には舞が戸を開け放ち、箒で勢いよく道端へと掃き出した。
美しく結った髪が勢いでサラリと舞いあがった。
チュッ!という短い鳴き声がして小さな体が飛んでいき、舞は勢いよく戸を閉めた。
「はぁ、びっくりした」
箒の柄を握ったまま呆然とし、
「怖かったー」
と、ため息を繰り返している。
(驚いたのはこちらだ。ただの虫かと思っておればネズミだったとは…)
ネズミに噛まれれば病をもらう。急いで女の足を確認した。
着物の裾をまくって確認するも、白い足首がチラリと見えただけだった。
足袋に汚れはなく出血箇所はないようだ。
「平気です、謙信様。どこも噛まれていません」
そう言われ、やっと安堵する。
謙信「存外気が強いのだな。そんなに恐れる相手なら俺を呼べば良いだろう?」
「たかがネズミ退治に謙信様の手を煩わせるなんて出来ません。それにやればできるんですから自分でやるべきです」
(そんなことを言って、万が一噛まれたらどうするのだ)
頼るべき時は人に頼れば良いものを。
謙信「『たかがネズミ退治』に随分と毛を逆立てていたな。
お前は本当に姫らしくない」
こう言えばちょっとはしおらしくなり、素直に助けを呼ぶようになるだろうかと思ったのだが、
「だから私は姫ではないと言ったはずです」
怒っているのに悲しそうな表情をする。