第56章 窮地を救うは誰の手か
信長「落ち着け。貴様が最優先ですることは心落ち着けることだ」
「…?は、はい」
言われた通り、祈るように両手を組み深呼吸を繰り返していると、私を抱く腕にぎゅっと力が籠った。
(?)
見下ろしてくる表情はいつも通り落ち着き払っていたけど、どこか物寂し気だった。
ここに来てからはずっと穏やかで温かさをたたえていた緋色の瞳が、翳っている。
(どうしてそんな表情をしているの?)
たずねようと口を開きかけたところで、突然横から伸びてきた手に、組んでいた両手を引っ張られた。
「っ」
驚いて身体がビクンと跳ねた。
(だ、誰?)
過敏になった神経は手を掴まれただけで心臓を縮ませた。心臓がいやにドクドク脈打っている。
手首を掴む人の正体を確かめようと、怯えながら視線を動かす。
「え……」
それがよく知っている手だと気づき、さっきとは違うドキドキに変わる。
(まさか………)
最近まで毎日のように触れてくれた細く綺麗な指先。
白い肌、白い着物……黒い外套。
深呼吸をして落ち着きかけていた心がまた乱れた。
「あ、あっ………!!」
美しいラインを描く首筋と顎、薄くて色気のある唇、宝石よりも美しい二色の瞳。
「けん…しん、様っ!?」
愛しい人の名を呼んだ瞬間、涙が頬を滑り落ちた。