第56章 窮地を救うは誰の手か
(……………?)
銃声は鳴らず、代わりにザシュッと肉を裂く音がした。
恐々と見上げると信長様は刀を抜いていない。
もう一度刀を振る音がしてクマが苦痛の咆哮をあげている。
信長様はクマが居る方向を見据えたまま、ピストルを持っていた手をおろした。
(な、に…?何が起きているの?)
いうことをきかない身体はガタガタと震えるだけだ。
視界にうつっていた信長様の草履が動き、しゃがむ気配がした。
クマはまだ息があるようで痛ましい喘ぎ声をあげている。
信長「貴様を危うい目に合わせてしまったな。怪我はないか?」
信長様はうつ伏せに倒れていた私を仰向けにすると、膝裏と背に腕を回して軽々と持ち上げた。
馬鹿みたいに身体が震えて返事もできない。
口の中もカラカラだ。
信長「もう怖がらずともよい。よくここまで走ってきたな。褒めてやる」
せっかく信長様が労いの言葉をかけてくれているのに、ろくに口もきけない。
「あ、のっ……」
(龍輝はどうしたんだろう?全速力で走ったのに龍輝に追いつかなかった)
(後ろで刀を振るったのは誰?何が起きてるの?)
聞きたいのに口から出たのは震えた吐息だけだった。
?「舞さん、見事なヘッドスライディングだったね。無事で良かった」
ここに居るはずのない人物の声がはるか頭上から聞こえた。
その直後固い肉と骨を貫く音がして、クマはひと際大きな声をあげて静かになった。
(え…今のこ、え…)
声がした方を見ようとすると、信長様が身体の向きを変えた。
この方向だと雑木林しか見えない。
どうして?と見上げると赤い眼差しとぶつかった。