第56章 窮地を救うは誰の手か
「ゆっくり、音をたてないように逃げるよ。
目が合っても大きな声を出したり、背中を向けて逃げ出さないこと。いい?お約束だよ?」
龍輝が今までになく真剣な表情で頷いた。
きっと初めて命の危険を感じているのだろう。
小さな拳を白くなるまで握りしめている。
「さあ、行くよ。立ち上がって…」
目をクマに向けたまま、龍輝の手をとった。
私も龍輝も手の平が異常に汗ばんで、冷たい。
立ち上がってもクマはまだ川の方を見ている。
(よし、移動するよ)
龍輝に目配せをして、身体はクマの方向に向けたまま、来た道の方へ横歩きする。
子供達と『かにさん歩き競争だ!』と遊んでいた昔が途方もなく懐かしい。
同じ横歩きをしているというのに、今は命の危険が迫っている。
気付かれないうちに林まで行けたら
……そう思った時だった。
繋いでいた龍輝の手にぎゅっと力が籠った。
(っ、目が合った!)
クマが私達に気づき、こちらを伺うように見ている。
ゴクリと喉が鳴り、極度の緊張で足がぶるぶると震えた。
睨めっこを続けたまま龍輝の手を引いた。
止まっていた足を一歩動かすと、クマの足が一歩動いた。
「!!」
(どうしよう、ついてくるのかな)
また一歩踏み出す。
クマも一歩近寄ってきた。
龍輝「ママ…」
横目で見ると龍輝が顔を引きつらせている。
安心させてあげたいけれど、今はできない。