第5章 夢と溝
・・・今、なんて言ったんだ?
──…私、今日でここを出て行こうと思います。
何も言えず、その場で固まってしまう僕をよそに、は言葉を続ける。
「五条さんもお仕事で忙しいでしょうし・・・お薬に効果があることは分かったので、あとは1人でどうにかしようと思います。私は五条さんに何か返せるものを持ち合わせてるわけでもないですし・・・、これ以上ご迷惑をかけたくないんです」
淡々と放たれる言葉に、僕はひたすら彼女を引き留める言葉を探す。
「・・・なるほどね。それで最近、僕のこと避けてたの?」
「あ・・・いや、避けてたわけじゃ、」
「まあ、いいけど」
「・・・」
冷たい僕の声色に、は怯えたように視線を下へ向ける。
「・・・あの、嫌な気分にさせたなら謝ります。でも、五条さんのこと嫌いとかそういうのじゃなくて・・・」
の声が、小さく震えている。
違う。君は何も悪くない。悪いのは僕なのに。
そんな良心とは裏腹、から離れる意思を向けられた胸襟に余裕は無くて、僕の口からは棘のある言葉がとどまることなく溢れる。
「あのさ、こういう事言うのも何なんだけど、今のに1人でなんとか出来ると思ってるの?」
「・・・」
は黙り込んでしまった。
「ここで出て行くのは勝手だけど、また外で呪霊に襲われたりして周り巻き込まれたりしたら、そっちの方が迷惑なんだよね」
違う。黙れ。こんなことを言いたいんじゃない。
を引き留めたいだけなのに、どうして素直に「行かないで」と言えないんだ。
僕の言葉に表情を俯かせる。
「・・・そうですね、ごめんなさい」
再び僕の方を向いた彼女は、泣きそうな顔で笑っていた。
そこでようやく、僕は冷静になる。
「・・・ごめん、言い過ぎた」
「いや、事実ですので。止めてくれてありがとうございます」
そう言っては僕に頭を下げる。
そして、何事もなかったように僕にいつもの笑顔を向けると、
「晩ご飯、食べますか?さっき作ってたんです」
のその笑顔を見て心底安心してしまった僕自身に、本当に嫌気がさす。
狡い人間でごめんね、。
でも、の笑顔をみたのはこれが最後になった。