第11章 月色の獣 - 序
「っと、それは置いといて。 でもこうなったら琥牙、どうする? 帰りたい?」
「……お前はどうしたい?」
「私? ……なんだろ。 実は私、最初琥牙とか珀斗さんに会った時、どっか不思議な感じがしたんだよね。 その時はよく分かんなかったけど、今の琥牙見たらなんだか懐かしい、なんて一瞬、そんな気がして。 おかしいかな?」
「懐かしい?」
「うん。 だから私はどっちでもいいよ。 もし琥牙がそうしたいんなら一緒に帰ろう」
「……そうだな。 また一緒に」
「うん」
「待っている」
「……え?」
その瞬間、腕の中の彼がまるで破れた羽まくらみたいに銀の塵となり手の中にこぼれた。
ずっと────────────
「………真弥」
「あ…、待っ…」
「真弥」
「………ん? あれ?」
ぼんやりとした焦点が徐々にくっきりと定まり、すると正面には私を覗き込んでいる琥牙の人の顔があった。
「夢でもみてた? 寝言いってたけど」
「あれ? 琥牙、また戻ったの?」
「何言ってるの? 真弥こそ早く現実に戻ってきなよ。 おはよ、朝ご飯出来たよ」
頬に当たる唇の感触、とパンを焼く匂い。
マンションの寝室。
いつもの朝の風景だ。
さっきのは、夢?
ダイニングに向かうと後ろ向きで洗い物をしていた琥牙が話しかけてきた。
「昨日言ったけど、おれ今日は夜まで出掛けるから。 雨は降らないと思うけど仕事帰りは気を付けてね」
「ん。 琥牙も気を付けて」
行ってきます、また夜に。 そう言って軽く半袖のシャツを羽織った彼が額と首筋に口付けてきてマンションを出て行った。