第42章 琥牙くん、上京
たまに通り過ぎる男が彼女を見てく…………それを、不快に感じ始めている自分に気付いた。
これが発情なのかはよく分からなかった。
ただ、一緒にいると心がほぐれる。
自分の中の初めての感情に戸惑った。
「琥牙くん。 あんまり遅くなるとご家族が心配しちゃうよね。 お家は?」
こう言うと、彼女は傍に居させてくれるだろうか。
この危なっかしいのかよく分かんない生き物を、少しでも見てることが出来るのだろうか。
「帰る家はないんだ」
いつもおれは他人の役に立て。 そんなことを言われて生きてきたような気がする。
いいよ。
自分ががどうであれ、その方がおれも楽だから。
たとえ生まれつきに捕食者の資質を持っていようが、こんなひどく不安定な心と体の、おれはどうせ長くは生きられない。
そう思っていた。
けれど桜井真弥。
そう名乗ったいい匂いのするこの人が、いつも笑っててくれたら、おれはどんなに幸せなんだろう。
そのためならなんでも出来るような気がした。
ずっと見ていたい、なんて。
人は狼よりも淡白なのだときいたことがある。
このまま成長なんて、しなかったらいい。
そしたらほんの少しだけ。
おれが生きてる間だけ。
この人がおれの伴侶になってくれないかな。