第36章 私たちの牙 前編
「どうしたのです? 真弥どの、先ほどから口数が少ないようですが」
伯斗さんが私に訊いてきた。
今私たち二人(厳密に言うと一人と一匹)は、二ノ宮くんの自宅に向かっていた。
仕事が繁忙期との卓さんは、今は家に居ないはず。 以前から彼の行動を監視していた雪牙くんから、そう聞いている。
まずは二ノ宮くんときちんと話をする、それが目的だった。
そして、もしも無茶なことをしようとしているのならそれを止めようと。
伯斗さんという、いつも冷静で里では比較的重人である味方がいるのは心強い。
「真弥どの?」
さらに言葉少なになり、その前に考えをまとめるために、歩く速度をさらに緩めた私を伯斗さんが振り返る。
「伯斗さん。 前々から気になってたんですが。 なぜ卓さんは突然動き出したんでしょう? 狼の里が狙いなら、今までも、チャンスはあったはずと思うのですが」
多少の沈黙のあとで、少し話しますか? そう言った伯斗さんが、住宅街の中にある小さな公園の中に踏み入った。
街中で犬(狼)と話し込んでたら、見た目、頭おかしい人になってしまうものね。
今日みたいな薄曇りの冷たい風の吹く午後に、そこに人の姿は見受けられなかった。
「以前に少しお話はしておりましたが、里の若い狼を懐柔しようとの目的だったからでしょう。 事実、彼は仕事が多忙でない限り、里に熱心に通ってましたから。 ……同時期に二ノ宮叔父はなぜか、今までより力を手に入れた、これが今の知るところ───────ところで真弥どの。 一般的な、私たちの『狩り』の仕方をご存知で?」
「狩り………ですか。 いえ、知りません」
公園の奥にある、木のベンチの上に腰をかけると、伯斗さんもひょいとそこに乗り、私の隣に座った。