第35章 彼と初めての亀裂
熱いお湯は使っていないけど、外気が低いせいで、もうもうと立ちのぼる湯気がバスルームに煙っている。
「良かったねえ。 早く帰れて」
「うんおかげさま……わっ桜井さん、くすぐった!……うははっ!」
その中での手探りの作業なのだから多少の失敗はご愛嬌。
つられてうふふっと笑いながら、泡でモコモコの彼を見てるとまた余計に可笑しくなってくる。
「ガマンガマン、まだ脇腹の怪我治ってないんだから。 家に帰るのはまだ危ないだろうって、伯斗さんが言ってたし。 里へ行くにしても、雪牙くんが戻ってからの方がいいって」
朱璃様から回復が早いとは聞いてたけど、たった二日足らずで彼が動けるようになるとは思わなかった。
今日は浩二は仕事だし、あの晩私が狙われたといっても、じきに琥牙も帰ってくる、ここのマンションが一番安全だろうとの朱璃様の判断だった。
『私が近くで監視していますから』
伯斗さんがそう名乗りをあげてくれ、そんなわけで彼は今私のマンションにいる。
「オレ、メーワク掛けてんね……にしても、風呂は人のほーが楽なんだけど」
「そりゃ分かるけどさあ、いくらなんでも無理よ。 ビジュアル的に」
わざわざ彼に狼姿になってもらったお陰で、私は普通に犬を洗ってる気分だ。
そしてこれはこれで楽しい。
首周りとか、ワシャワシャと。
「なに無理って。 間違って発情しちゃうとか?」
冗談めかして言われるも、彼に関してはそんな感情は全く湧かない。
「無いねえ……」
「オレも無い自信あるわ……まあ、んなもんなくとも、桜井さんのことは好きだよオレ」
そうであることが逆に心地好い、いつの間にか私もそんな風に彼のことを思っている。
それに、一緒にいたら二ノ宮くんは気が紛れて、なるべく卓さんのことを考えずに済むのかな、とか。
これは余計なお世話かもしれないけどさ。