第26章 狼の里にて 後編*
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泊まらせてもらっていた部屋に戻り、扉を閉めると背中にそれを押し付けた。
しばらくの間自分の体をきつく抱き締めて、崩れそうになるのを堪える。
胸が苦しくて、ろくに呼吸をまともにするのも忘れていた事に気付いた。
……一度、二度。
大きく息を吸って吐いてと繰り返してから、深い息をついて、そしたら大分気持ちが落ち着いたので、自分は大丈夫だと言い聞かせる。
「────桜井さん? 桜井さん」
控えた高めの声と軽いノックの音が背後から振動となって響いてきた。
「………に…のみやく」
「なんか朱璃様が桜井さんの様子見に行けって。 大丈夫?」
「ん……」
大丈夫だよ。 そう言った自分の声はしっかりしていて、もう震えも無かった。
あの場に居なかった彼で良かった。
「俺に出来る事ある? この狭い胸でも貸そうか?」
「ふ………ふふ…っ」
「良かった。 笑える元気あるんなら」
そして普通に笑えている。
笑ったのなんて随分久しぶりな気がした。
それで、さっきの事は頭の隅に追いやって。
もう自分の役目は果たしたのだと思い込もうとしたら、肩の力が少し抜けた。
「かえ……りたい。 二ノ宮くん」
「え?」
そしたら私は戻ろう。
「帰りたい…の。 今、すぐに」
「…………桜」
「もう居たくないから。 お願い」
戻ったら、もうすっかりと忘れられると思う。
「桜井さん」
そしてまた日常に還ってく。