第24章 狼少年を追え*
「大昔、里を追い込みかけたあんたの子供。 あいつが人と里の者に恐れられ一応は今も祀られてる理由を知ってる?」
「……………」
「奴はあんたを殺った人間をも皆殺しにした」
もしかして、私は彼に会わない方が良かったのだろうか。
彼らの間の空気がピリピリするのを感じていた。
「……何を言いたい?」
「もしもおれが真弥や里の奴らに危害を加えたら、その時は手加減はしないで欲しい」
「………そうか」
琥牙と供牙様を、安易に合わせない方が良かった。
そう思った。
「行くよ。 ちょっとこれ以上ここにいるのはキツい」
『真弥の傍にいるのはキツい』
私にはそう聞こえた。
「…こ……琥牙」
立ち上がる彼につられて、一緒に席を立とうとした私の腕を供牙様が掴んで制する。
その私の脇を琥牙が無言で通り過ぎて行った。
「またな」
そして店のドアが閉じられた後に、後ろを振り向きもせずに供牙様がそうぽつりと呟いた。
***
「真弥。私の居ない時に勝手な行動をするな。私もお前の異変などを感じる事は出来るが、伴侶の琥牙ほどではないのだぞ」
「……すみません」
まだ伴侶なのだろうか。
店を出てようやく陽が傾いてきていたのに気が付いた。
時計を見ると19時。
高遠さんと待ち合わせてから三時間しか経っていないって事だ。
しばらく振りに会った琥牙と一緒にいたのはたった一時間位。
でもそれ以上に、私には琥牙の考えている事が分からなかった。
「なんだまたそんな顔をして。 もう昨晩の様には慰めてやれぬぞ? お前があんなにも深く愛されているのが分かったからな」
「そうでしょうか……」
それならなぜ琥牙は私にはなにも話してくれないんだろう。
黙って通り過ぎる事が出来たんだろう?
「ああ。 ちゃんと見てやれ。 臆せず、慢心せずに」
オレンジ色のアスファルトに長く伸びる二つの影法師。
ここの夏は敵わんが、美しいものもあるのだな。 地面を見ながら供牙様がそんな鷹揚な事を言う。
「……供牙様。琥牙と戦うのですか?」
「さあな……だが、向こうから仕掛けてくるのなら、受けるしかあるまい?」
そう言いながら睫毛を落とし、なぜかその表情を和らげるのだった。