第16章 月色の獣 - 在る理由
***
「ねえ。 駆け落ち? してそれからどうなったの?」
「逃げ切れずにかの方によって殺された後も二人は長い間この里に晒されたそうだよ」
親子の二人連れが花の中を歩いている。
大柄な父親の白い髪は緩く後ろに束ねられ、まだ腿の高さにも満たない丈の子と手を繋いでいる。
「可哀想だね。 結局その、始祖の人狼も亡くなったんでしょう?」
「どうやって亡くなったのかは分からぬが。 史実に何も残っていない所を見ると伴侶に手を掛けて狂ってしまったのか、何処ぞで犬死にしてしまったのか。 私は当初なかなか子が出来なかったせいで人と狼それぞれの妻を得たが、本来ならば私たち狼に妻は生涯に一人。 琥牙。 お前もきっと成長すれば分かるやもしれぬな」
話の内容がまだ少々難しいのか琥牙はそれに飽きた様子で周囲の花々に視線を移した。
草の様な、繊細な葉と野花に似た優しげな幾色の花が秋風に揺れる。
「皆が可哀想だ……けど、おれはこの花畑は好きだよ。 とてもみんな薬には見えないよね」
その中の薄紫色の花を手に取った幼子に父親は金の目を細めた。
「ああ。……綺麗だな」