第15章 猫とまたたび 【煉獄】
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「…俺は…?」
目を覚ますと、自宅ではない天井。
「お目覚めになりましたか?」
そう声をかけたのは、藤の家紋の家の女将。
「しばらく長いこと眠られておりましたよ。お疲れだったのですね。」
「奏さんは?」
「さぁ?…ここにはそのような名前の者は…。」
そんなはずはない。
彼女は確かに存在し、俺の前に現れた、
ここに身を置いてもらい
確かに想いが通っていた。
だが、俺は女将の言っていることを否定する気はなかった。
「そうか…。夢を見ていたようだ。」
俺は確かに彼女といることで、鬼殺を辞めたくなった。
柱になることを放棄して、彼女と一緒にいたい。
そう思った。
でも、それならば
今宵も鬼に命を脅かされている人々はどうなる?
母との約束はどうなる?
俺の責務は何か…。
「よもや。君はそれを俺に忘れるなと言ってくれているのだな。」
それから、一度も俺の前に彼女が現れることはなかった。
もっとひどい喪失感に襲われるかと思ったが、
意外とすんなり、この現実を受け入れていた。
ある日、街を歩いている時、赤い椿の花に鈴のついた髪飾りを見つけた。
迷わず俺はそれを買い、彼女に出会った林へと向かう。
そこに彼女はいない。
それは分かっていたのに、何故かそこに来ていた。
「元気でいてくれ、」
そっとその場に髪飾りを置き、俺の初恋は終わりを告げた。