第11章 そういうところ 【伊黒】
「もう大丈夫だ。鬼は斬った」
伊黒は奏が落ち着くのを待ち、そっと肩をさする。
奏は深呼吸を繰り返し、なんとか呼吸を落ち着かせた。
「お、重いですよね…」
奏は横抱きにされていたことに気づき、降りようとした。
しかし、伊黒はそのまままた立ち上がり、歩き出す。
「い、伊黒様!歩けます!重いので降ろしてください!」
「誰が重い?信用しない。これで重ければ、大概の女はもっと重いだろう。」
………。
少しの沈黙が流れる。
「家族が心配していたぞ。」
「…すみません。」
伊黒は聞こうか迷ったが、その理由を聞いた時点で自分の失恋が決まる。
しかし、自分にはどうなりようもない。
どうにでもなれと、聞くことにした。
「なぜ、このようになった…?」
伊黒の質問に奏はグッと唇を噛む。
言いたくない…
でも、今は伊黒に抱えられているという状況が、ほんの少し奏を強くさせた。
「今日の昼間、聞いてしまったのです。
想い人がいるって…。大事な人だって…」
「そうか。」
そっけない伊黒の返事に、奏の中で何かが吹っ切れた。
「私、ずっと伊黒様をお慕い申しておりました。
でも、それが叶わなくなった今、気持ちだけでも聞いていただけて…よかったです。」
「そうか。」
そう答えた伊黒の頭の中に、今の言葉が繰り返される。
——伊黒様をお慕い申しておりました。——
「⁉︎」
急にハッとしたように奏をみる。
「今、なんと言った?」
「え、もう一度言うのですか⁉︎
まぁ、いいです。私伊黒様のことが好きだったのです。」
若干ヤケになりながら奏は想いを告げた。
「い、伊黒というのは…」
もしかしたら思い違いかもしれない。
他にも伊黒という男はいるだろう。