第11章 そういうところ 【伊黒】
私が顔を上げると、辺りは薄暗くなっていた。
「あ…私…」
帰らなきゃ。
みんながきっと心配してる…。
そう思ってヨロヨロと立ち上がり、歩き出そうとしたその時
ドスン…
何か低い地響きのような音が聞こえた。
何…?
奏が振り返ると、そこには大きな化け物が立っていた。
大きな口からは涎がしたたり、目が4つもある。
熊と何が妖怪を足したようなその外見は、見たことのないものだった。
『女がこんな時間に歩いてちゃぁ、危ねぇよなぁ。』
「ひ、ひぃっ!」
キャァーだなんて可愛い声も出ないほど怯んでしまい、その場に尻餅をついた。
失恋をして、こんなよく分からない化け物に殺される運命なんて…。
私、日頃の行いが悪かったのかしら…。
奏は目に涙を溜める。
『すぐに喰ってやるからなぁ。』
そいつは奏の帯紐に爪を引っ掛けて、ぐんっと自分の目の前まで持ち上げた。
『女は栄養があるって童磨様が言ってたなぁ。』
あーん…と大きな口を開けて上を向き、奏をポイとその口に投げた。
(あぁ、死ぬんだ。父さん、母さん、翔太郎…)
「伊黒様…」
一瞬の出来事のはずなのに、奏にはすごくゆっくりな出来事に感じた。
走馬灯が家族と伊黒の顔を映す。
「蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り」
しかし、その時
自分の身体がふわりと何かに包まれるような感覚がした。
死んだのか…?
奏がゆっくり目を開けると、視界には黒と白の縞。
上を見上げると、包帯を締めた伊黒の輪郭があった。
「伊黒…様?」
「怪我はないか?」
奏は急激な安堵感に襲われ、わぁ!っと声を出して泣いた。
怖かった。
死ぬと思った…。