第11章 そういうところ 【伊黒】
奏はぼーっと宛なく彷徨っていた。
(伊黒様には想い人がいる。そうよね。いるわよね。あんな素敵な人だもの。その人は伊黒様のどこが好きなのかしら。やっぱり綺麗な瞳?優しいところ?)
しかし、奏は気づく。
客としての伊黒しか知らない…とろろ昆布をいつも買うが、本当に好物か?
奏の家は乾物屋。昆布を買いに来て当然だろう。
それに…
(お顔全体を見たことがない。)
奏の口元には笑みが浮かぶ。
滑稽だ。
自分は何も知らないではないか。
それに伊黒様からしたら、ただの乾物屋の娘。
私のことなど何一つ知られていない。
それで想いあえたなら…と夢見ていたなど。
次第に視界が涙で滲み、道の隅に蹲って泣いた。
日が沈んでいくことにも気づかずに。