第11章 そういうところ 【伊黒】
(伊黒様に大切な人…。いたんだ…想い人が…)
奏は駆け出し、家へと走った。
「あら、おかえり!どうしたの?そんなに急いで。」
「ううん。お母さん、今日だけ少し手伝いを休んでもいいかしら。
ちょっと気持ちが整わなくて。」
珍しい申し出に母は少し不審がるが、難しい年頃でもある。
たまには好きにしてくるといい。そう思って頷いた。
「いいわよ。でも遅くならないでね。」
「うん、行ってきます。」
奏はいく宛など無かったが、とりあえず歩き出した。
少しいくと翔太郎と会った。
「姉さん、今日もあの方がもう少しで来るよ!」
嬉しそうに奏に伝えるが、奏の顔は浮かない表情。
「そう。」
とだけ答えてまたどこかへと歩き出す。
(姉さん…どうしたのかな…)
翔太郎が家に帰り、迎えてくれた母に奏の様子を尋ねた。
「んー、詳しくは分からないんだけど…。伊黒様と何かあったのかもねぇ。」
母が頬に手を当てて首を傾げた。
家族たちはあんな奏の姿を見たことがなく、心配していた。
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「邪魔するぞ。」
しばらくすると伊黒が店を訪れた。
キョロキョロと店の中を見回すと、奏の姿がない事に気づく。
「…娘さんは?」
堪らず母親に聞いてみる。
「今日は少し出ておりまして。」
「…そうか。」
「あ、あの…娘と何か…ありましたか?」
母はどうしても気になってしまい、伊黒に問いかけた。
「何か…とは?」
「娘があんな顔をしたのを初めて見ました。きっと失恋でもしたのかと…」
「しつ…れん…」
その言葉を聞いた瞬間、伊黒の頭の中は真っ白になった。
昆布を適当に買って帰ったが、正直何を買ったなど覚えてもいない。