第11章 そういうところ 【伊黒】
「顔が少し赤いように感じるが…熱でもあるのか?」
急に額にひんやりとした感覚。
火照った今の奏には丁度いい感覚だ。
しかし、それが伊黒の手だということを認識するのに時間がかかった。
(ひんやり…気持ちがいい…)
うっとりと目を閉じてその感覚を堪能していると、パッとその感覚が遠のいていった。
「あっ…」
まだ退かないで…と目を開くと、顔を赤くさせた伊黒様。
「す…すまない、気安く君に触れていいわけがないのに…」
そう言って羽織に手を隠す仕草をみて、さっきのひんやりとした感覚は伊黒様の手だったのだと分かった。
その途端、また一気に恥ずかしくなった。
「あ、その…」
まさか、まだ触れて欲しかったなど言えず、もじもじと俯いた。
その様子に伊黒は、嫌がることをしてしまった…と思っていた。
「すまない…」
「そ、そんな謝らないでください。あ!それより今日はどちらをお求めですか?」
「そうだな…吸い物で食べるとしたらどれがいい?」
気を取り直して、とろろ昆布について話し出す。
「そうですね、こちらのがごめ昆布のものが一般的ですが、産地によっても少し味が違っています。もし、お吸い物で愉しまれるようでしたら産地を変えて食べてみるのも良いかと思います。」
「そうか。ではそうしてもらおう。」
伊黒はニコッと笑い、奏の提案に乗った。
(良かった!伊黒様の満足いくご案内ができて。
またしばらくがんばれそう!!)
奏は数種類のとろろ昆布を小袋に詰めて紙袋に纏めた。
にこやかに袋を手渡すと、「ありがとう」と伊黒が受け取る。
その時ちょんっと手が触れた。
「…っ!!」
2人は肩をピクッと跳ねさせ、途端に赤面する。
「あ、ありがとうございました。」
「また来る…」
そう言って、伊黒は店を後にした。
「ご贔屓にどうも〜!」
奏の母が店の前に出て見送った。