第60章 こてん
「僕が先行く」
「ん」
腕がスルスルと抜けて、悟の体が下がっていく。
悟が合図してくれたら私も下りる。
その予定だった。
「!」
しかし、吹き抜けの場所に草が蔓延る。
あっという間に下が見えなくなり、緑の絨毯が出来た。
「悟!」
返事はない。
力づくで剥ぎ取ろうとしても、どうにも適いそうにない。
「…クソ」
この状況が示すのは、下に悟が個体数不明の呪霊と共に閉じ込められて、私はこちら側に取り残されたということ。
下は駅のホームだから、1回建物から出て回れば────
「やぁ、千夏」
最近において、この声にいい思い出は無い。
「…まさか、あんたの仕業だって言わないよね?」
「言わないさ」
連絡しても、家に行ってもその姿はなかったのに。
どうして忙しい時に現れるんだ。
「…おっと。激しいね」
下から響いてくる振動や音は、戦闘が始まったことを示していた。
「ねぇ」
「ん?」
「千春を返して」
この声が聞こえた時から────
傑の姿が見えた時から────
私の頭の中は千春でいっぱいだった。
「千春?」
「返しなさいよ。あんたでしょ」
悪いことはやめたって言ったのに。
「…ふむ。情ゆえ、私のことを疑うことすらしないと思ったのに」
「クッ…ふざけんな、早く返せ」
千春がいれば悟を助けられるんだ。
そうすれば────
「…ふふ。君の悪い所はね」
その刹那、私の首元を締めるなにか。
「ひとつの事に集中すると、他が疎かになることだ」
よく見ると、それは華奢な女の子の手。
「いいかい?私が千春を封じたのは、単なる嫌がらせじゃない。私の計画に支障をきたすからだ」
「か、え…せ」
「……うん。そんなに言うなら返してやらんこともない」
傑が指を鳴らすと、首元が緩み、快活な空気の通り道にむせ返る。
「ガッ…ゴホッ」
女の子の顔を確認している暇もなく、傑は私の腰を引き寄せた。