第60章 こてん
悟はいつだって笑いかけてくれる。
「ねぇ」
ん?と見上げれば、その指は下を指さしていた。
おりる、ということだろうか。
それとも、ことの犯人がそこにいるということだろうか。
「千夏は特別だよ」
「…それ、言わなきゃダメ?」
「言って。じゃないと、千夏は妥協する」
私の状況は私がいちばんよくわかっている。
そして、悟も私とは違う方法で私の状況を理解している。
千春がいないと戦えもしない私。
戦えば害しか生まないことを分かっている私。
戦う意欲すらない私。
それを理由に、自分の命を捨てて周りを選ぶ私。
「いいかい?例え……一般人がどれだけ犠牲になろうとも、千夏は、千夏だけは諦めたらダメだよ。苦しくても呪霊と戦い続けて」
どんなに苦しくても呪霊を殺す。
「本当はそんなことさせたくないけど、この世を保つために千夏の力が必要なの」
「でも、優先順位なんてつけたら…」
「必要悪」
「ひつよう、あく」
言葉の意味は分からなかったけれど、悟が言いたいことは何となくわかる。
「厳しいことを言うよ。一般人と野薔薇達……どちらも瀕死だったら、どっちを守りたい?」
「そんなのっ」
「答えなくていい。でも、考えて」
そんなの、どっちも大切だからどっちも守るに決まってる。
でも、悟が求めているのはどちらかひとつだ。
「こういう判断が必要な場合があるってことは分かってるでしょ?」
「…うん」
悟はふっと笑って、私の頬を軽く撫でた。
「そんな場面に何回も直面したのに、この問に『どっちも』なんて答えられるのが、千夏の強さだよ」
私が弱さだと思っているところを、強さだ言ってくれる。
「…だって、わた、しは…特別だも、んっ」
「…うん」
だから、私は特別だと口に出せる。
声に出さなくてはいけない。
少しでも役に立つために。
「もう大丈夫だね」
「う、ん」
だから、今でも戦おうと思える。
大切な人を、誰かの大切な人を守るためだけに。