第55章 こうするしかなかった
「そういえば…」
お母さんが新たな話題を出そうとした時、玄関の戸の開く音がした。
「多分お父さん!ちょっと行ってくるね」
お母さんはこんな感じでまぁまぁフレンドリーだけど、お父さんは本当に真逆。
寡黙と言えば聞こえはいいけれど、滅多に笑わなくて、幼少期の私はお父さんが少し苦手だった。
でも、本当に優しい人なのは間違いない。
「ほら、予想してみて?」
「分からないよ。志保の友達か?」
「違う。ほら……あっ」
「いいだろ、別に」
相変わらずだな、と聞こえてきた声に感想を持って。
私と和田さんは構わず食事を続ける。
バターたっぷりのパンにかじりついて…。
ドサッ
お父さんが漫画のように荷物を落とす場面を眺めていた。
「…」
「すみませんー。お邪魔してますっ」
お父さんは和田さんに小さく会釈して、ぼおっと私の顔を見つめた。
後ろでお母さんはニヤニヤしていて、楽しそうだった。
「…誰」
「ほら、よく見て」
仕事帰りで疲れているのに申し訳ないと思いながらも、私はパンを食べ続けた。
「…嘘だ」
「嘘じゃないのよ」
「何で」
「手紙。読んでくれたんだって」
私が読んだのは1枚目だけ。
続きはサラッと眺めただけだから、読んだとは言えない。
でも、全部読んだことにしておいたのだ。
その方がお母さんは喜ぶと思って。
「…千夏?」
白髪が増えたお父さんは、小さくもハッキリした声で私を呼んだ。
「ん」
口をもぐもぐさせながら、次の言葉を考えた。
何も言わずに抱き合えば全て収まると思うけど、それはなんだか恥ずかしいからやりたくない。
「…それ、美味しいか?」
「うん」
今だから…大人になったから分かることって沢山あると思う。
お父さんが口下手で感情表現が苦手であるのを理解したのも、今の私。
過去の私は何も知らず、ただ自分に興味が無いのだと思ってた。
「…俺にも同じの、作ってくれ」
「ん、いいよ。でも、その前にお風呂…でしょ?」
お父さんは食事前に入浴したい派。
「…じゃあ、お風呂に」
「うん」
この一連の会話に、何故かお母さんは号泣してたけど、気付かないふりをした。
和田さんの真っ直ぐな視線が怖かったから…。