第55章 こうするしかなかった
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「ここが先輩のご実家?」
「ううん。実家じゃないけど、親は今ここに住んでる。一時の転勤?みたいな感じらしい」
駅からここまで徒歩で移動した。
タクシーを使おうと言ったけれど、密室は怖いとか……なんとか。
時間だけはたっぷりあったから、何度も問い詰めて今回の件を聞かせてもらった。
『育ての親に会いに行く』
どうやら本当に親子関係が悪いようで。
八乙女先輩の顔がその事実を物語っている。
でも、親のことが嫌い…というわけではないようで、そこは少し複雑なんだとお茶を濁された。
「緊張する…」
「何で和田さんが…」
私はついてきたくてついてきたわけじゃない。
先輩に密着させて欲しいと頼んだら、用があると言われて…。
どのくらいで終わるかと聞けば、分からないと…。
『和田さんがいたら早く終わるかもね』なんて言われたから、ついてきただけ…。
…。
あれ、もしかして……冗談だった?
「行くよ」
「あ、も〜!歩くの早い!」
先輩の過去?
そんなもの、報告書の業務的な内容しか知らない。
ウルハっちや伊地知のように仲良くなかったし、先輩の情報はタブーのように扱われていたから、簡単には触れられなかった。
『八乙女先輩は…神にでもなるつもりなんじゃない?』
先輩の理想なんて知らないし。
『ワガママで大変な扱いを受けましたけど……あの人は優しい人です』
愛情の裏返しの優しさなんて知らないし。
ピンポーン
「…先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
先輩が今、どうして、こんなに汗をかいて、震えているのか分からない。
どうして先輩が嫌われているのかなんて、知ったことじゃない。
『へぇ、千夏と仲良く、ねぇ…。そしたら、私からのお願いが1つ。千夏の笑顔を守って』
でも、先輩を大切にする人はそれなりにいて、皆揃って「千夏」「千夏」って……。
『はい?』
「…こん、ばんは。お…母さん」
『……千夏?』
だから、私も少しくらい先輩のことを知りたいと思ってもいいよね?
例え私が────
上層部の遣いだとしても。